一回生

NIGO

PROFILE

児子直哉(にごなおや、2002年(平成14年)8月3日-)は日本の大学生、日本人。京都大学農学部応用生命科学科所属。

 2002年8月3日、ノースカロライナ州ゴールズボロにて児子家の長男として生まれる。8ヶ月になる頃にはよちよち歩きをこなし、1歳になる頃には箸を使いこなせるようにまで成長する。しかし、アメリカには箸を使う食事がほとんどなかったがためすぐに忘れ、小学2年生まで握り箸で食事をすることになる。
 
 2005年、東京都大田区に父親の仕事の都合で引っ越しする。ウルトラマンと仮面ライダーにハマってしまい、その影響でひらがなとカタカナを年中になるまでに使いこなせるようになる。これにより周りの人たちにちやほやされてしまい、気持ちよくなってしまう。
 
 年長の途中に父親の仕事の都合でタイのバンコクへ移住する。バンコクの現地の幼稚園に入学させられた児子は初日にトイレにいきたい旨を先生に伝えられず、大失敗を犯してしまう。これがトラウマとなり、児子は尿意がトラウマになってしまう。なんとかタイ語を身につけ、現地の子と馴染めるようになっていたが、小学3年生の途中に勉強についていけなくなったことが原因となり日本人学校へと編入する。編入2日目に授業参観があり、その文化を知らなかった児子はトイレにこもって一時間を過ごすこととなる。しかし、人よりもタイ語や算数ができた児子は周りの人にちやほやされてしまい、気持ち良くなってしまう。

 2015年、父親の仕事の都合で中国上海へと引っ越す。上海日本人学校に入学する。所属は柔道部。特筆することなし。高校入試で東京学芸大附属高校に合格をし、周りの人にちやほやさてしまい、気持ち良くなるが敢えて逆張りをしてみたかった年頃だったので、ミスって岡山県立岡山朝日高校に入学してしまう。少し、気持ちよかった。

 2018年、父親の仕事の都合で岡山市に引っ越す。入試成績がクラス1位だった児子は、ホームルーム委員となってしまう。しかし、周りのみんなからちやほやされて生きてきた児子は一切仕事などできず、もう1人の委員の子に全て仕事を押し付け、泣かしてしまう。絵画が好きだったので美術部に入るつもりが、見学に行った空手部の部室から出してもらえず、入部することを決意させられる。高校2年生時、クラス内に知り合いが1人もいない状態になってしまい、トイレや部室で昼食を食べて過ごすが、孤独に耐えきれなくなり、ゴールデンウィークに一人旅を決行する。大阪の道頓堀にあるドン・キホーテの観覧車に1人で乗る。これ以降、孤独が怖くなくなる。遠足の時にプレゼント交換を行う行事があり、プレゼントを相談できる友達がいなかった児子はプレゼント用にうまい棒納豆味を100本買ってきてしまう。これにより友達ができる。7月、先生の雑談中に古文文単語帳を開いていたらそれを投げつけられてしまい、トラウマとなった児子は以降、古文単語を習得することなく入試に臨む。高校3年生4月、コロナ禍に見舞われ、一切勉強することなく家で過ごす。京都大学を受験するが普通に落ちる。学校の先生と喧嘩をしたため、学校の補習科に入ることを許されず、駿台大阪校に入学することを決意する。

 2021年、駿台大阪寮に入寮し浪人生活を送る。勉強習慣のなかった児子は、スマホ依存症から脱することができず全く勉強をしない日々がつづく。危機感を感じた児子はスマホをやめ、ガラケーを手にして勉強をし始める。6月、金髪にする。8月、髪を青にする。翌日に自習室に行ったところ、前の席の女子が席を移動する。少し気持ち良くなる。同月、自転車旅に熱中する。(以下、行った場所。梅田、難波、駿台上本町校、今里、通天閣、あべのハルカス、西宮北口(1月)、京都大学など)9月、写真撮影のために髪を黒にする。アイデンティティを失った気がして、勉強をしなくなる。10月、髪を紫にする。京大模試で成績が振るわず、かなりの鬱になった児子は部屋にこもって勉強をしない日々が続く。流石に危機感を感じた児子は12月心を改めるために金髪にし、最後の共通テスト模試に臨む。担任に怒られる。しかし、いい点を取り、みんなに褒められる。気持ち良くなる。入試直前、もう一段階ブリーチし、気合を入れて臨む。無事合格してしまう。

 2022年春、陽キャラに憧れた児子はキラキラテニスサークルに入ろうとさまざまな新歓に参加するが空気感がどうしても合わず、自分は陽キャラになり得ないということを遂に自覚する。そしてついに空手道部に入部。同期と先輩に恵まれながら、鍛錬の日々を送る。一人ユニバを完遂した今、一人ディズニーランドを計画している。

MESSAGE

空手はまだまだ上手くないですが、日々努力を重ねて強くなっていきたいです!

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